えびちゃんストーリー

どうもー!えびちゃんです!

元板前です。8年間板前をやり、料理長をやってました。

現在32才です。

32年間いた地元「岐阜」を離れ、「石川の能登」、「高知の本山」などあっちこっちしてます。

 

 

現在フリーターしてて、「実家の寿司屋を改装してシェアハウス運営」するために楽しく活動中です!

 

 

なんで、料理長までやったのにシェアハウス運営?

32にもなってフリーター?何やってんの?

 

と思うかもしれませんねw 正解ですw

 

あ、その説明の前にまずは軽く自己紹介しますね!

 

えびちゃんのプロフィール!

本名 衣斐大観(えびたいかん)幼い頃「変な名前ー!」ってからかわれトラウマに(涙)
あだ名 えびちゃん たいくん
血液型 0型
すき ポジティブな人、音楽 食べること 食べ物ならなんでも 人の話を聞くこと

Club、カラオケで発散すること

きらい 計算 細かいこと 威圧的な人

 

ざっと経歴

<料理系>

調理師免許・製菓衛生師・フードコーディネーター3級・健康食コーディネーター

料理人としてフランス研修に行く・板前料理長・料理教室講師

居酒屋・アジアン料理屋・ラーメン屋・創作料理屋・病院の調理師 経験

↑料理教室・寿司教室の時の写真です。

 

 

あ、簡単なレシピも作ってますのでご興味あればどーぞ

記事 [プロが教える] 家にあるもので「常務用スーパーの冷凍ケーキ」をおしゃれにするコツ!丁寧に解析するよ!

 

板前の時の思いはこちら

関連記事 今、板前やっててよかったと思うこと。飲食業のメリット・デメリット5つ紹介

 

<コーチング>

セッション経験20人

GCS認定コーチ(今年取得予定)

関連記事 コーチングってなに?コーチング学んでみた僕が、コーチングをおすすめすする3つの理由とは?

 

 

<その他業務>

派遣社員・正社員として工場勤務・営業マン 経験

Webライター

 

えびちゃんストーリー

自由な父をみて、自由を求めた20代。

岐阜県大垣市生まれ

実家は寿司屋

父がハワイ大好きで、店を休んで1週間ハワイに家族旅行に行ったのをみて

「大人って自由だな」と思い、自分も商売をやることを決意

 

【板前の世界へ】自分の店を持つために飛び込んだ料理の世界と、違和感。

「そのときの写真」

18歳ぐらい

高校を卒業して迷いなく岐阜調理師学校へ入学。

2年かけて調理・製菓養成科を卒業しました。

〜調理師学校時代に感じたこと〜

 

ようやく踏み出した夢への1歩目

調理師学校を卒業した20才の年。

 

昔描いた夢の通り、独立を目指して岐阜で有名な割烹料理屋「大垣 五感」にて板前として働きはじめました。

 

当時は、小さいお店で板前も、大将と僕しかいなく、朝から晩までずーと二人・・w

もう、どっちかというと、ぼくは怒られないように必死でしたね。

 

 

それから4年間は毎日必死な日々を過ごしつつも「板前」に夢中になっていました。

 

師匠に1対1で毎日怒鳴られ、蹴飛ばされながらも「認めさせてやる。」とか「この苦労があるから俺は成長するんだ。」

 

だんだん、お客さんからも認められ、「おっ!若いのまだやめてなかったんか!」

みたいにいじられたりしてるのが、めっちゃ楽しかったです。w

 

めちゃまっすぐな気持ちをもったまま4年間過ごしていました。

師匠も今でも尊敬してて、毎年挨拶に行くほど、自分の人生の中でかなりキーパーソンで感謝してます。

現実とのギャップと自分に異変が出だした25歳。

だんだん働きながらメンタルがやられ、カウンセリングに通う、仕事も無気力でプライベートも無気力に…。

 

そこからの3年間は何もかも辛くなっていた。

具体的になにが辛かった?

 

辛かった一言

 

正直、死のうとも思った。

 

関連記事 好きなことを仕事にしたはずが、だんだんそのことが嫌いになってくるその理由とは?

 

 

「俺って、なんでこんなにできないんだろう?」「どうせ、自分なんて。」が口癖だった自分。

その後、自分の現状を変えたくて必死になり

いろんな自己啓発にめちっっっちゃハマりまくる。w

 

 

使った金額は250万越え…

 

 

あるときは、1回28万するセミナーに1年通ったことも。

精神的におわっとるな…

 

その通り!w つらかったー

でもいいことも

 

辛い想いの中でも続けてきた板前の生活もどうにか実り、店舗の料理長を任せてもらえるように。

当時27歳でした。

自分自身の下積み修行時代に味わった「後輩を怒って伸ばす」のに違和感を感じていたとき、自己啓発セミナーで「コーチング」を知る。

その時はまったく使いこなせていなかったですが・・w

とりあえず、自分が受けてきた怒鳴ったり、理不尽な事はしたくない。という思いだけはありました。

 

ただ、料理長になって責任感とプレッシャーが半端なかったです…。

どうしても店が気になって、週1しかない休みもかってに出勤し、半日手伝ったりが当たり前でした。

板前辛い時も、せっかく頑張ってきたし、料理長までは頑張ろうときめてました。

が、目標達成しちゃったし、なんか燃えつきた感半端なかったですねw

それで「もういいや、料理長までやったし」ってなっちゃいました。

28才 板前をやめると決めた時、ネットワークビジネスに会う ボロボロだった自分の心に明かりが灯った。

高校の友達からの紹介でビジネスを紹介されました。友達だからと付き合いで。

そのグループのリーダーのオフィスに一緒に言って話をききました。

以前にも、なんども自己啓発セミナーで話をきいたので

「またかー。」とビジネスは興味なかったが、そこのグループの人たちがすごく眩しかったのを覚えてます。

 

ネットワークビジネスは会社やグループによって、やり方も雰囲気も違う。

友達のグループは、みんなポジティブで助け合ってて、精神的に疲れてたぼくには、はじめすごく眩しかった。「この人たちといたら楽しいだろうなー。」と心の中でおもいました。

 

そこのグループには

「過去は生ゴミ」→過去は関係ない、これから何をするかが大事。

「泥を見るか星を見るか」→物事はいいところ、悪いところ両方ある、それのどこを見るか。

「成功したかったら、人の喜ぶことを考えること」

とポジティブな言葉や考え方がたくさんあります。

みんな意識していて、楽しそうで、眩しすぎましたw。

 

僕が、板前の時「辞めます」と勇気を持って師匠に伝えた時や、「裏切り者」「情がないやつだ」とお店の板前全員に村八分にされた時にも

 

「大丈夫だよ」「これからできること考えよう」と励ましてくれました。

 

初めて行くスポーツイベントで、緊張でガチガチになってた時や、

「ビジネスをやろうとおもう」と初めて親や親友にに打ち明けてうまくいかなかった時も

「大丈夫、大観ならできるよ」と毎回励ましてくれました。

 

ネガティヴだった僕をずっと応援してくれた。の一言です。

 

いつの間にか、「どうせ、自分なんて」という口癖があったことも忘れるくらい。

気がついたら自分から、新しいことに挑戦するようになってました。

僕はいろんなイベントに参加した。

28〜32才 ネットワークビジネスのポジティブな仲間が大好きになり、没頭するがうまくいかず…

イベントは生まれて初めてばっかで、親以外と海に行ったり、初めてCLUBに行ったり、BBQも初体験。

 

40人ぐらいでバリ旅行いったり…マジでたのしかったー。

 

特にリーダーにお世話になっていて、ダサかった自分に一緒に服を買いに行ったりしてくれた。

 

楽しい日々を過ごしていたが、

ビジネスの結果はなかなかでなかった。

 

どんなに頑張っても、僕は人に嫌われるのが怖くて、友達に「イメージが悪い人が多いビジネス」を教えることもすごくためらってました。

 

せっかく仲良くなった友達が離れて、自分が傷つくのが嫌でした。

 

でも、リーダーに恩返しがしたくて諦めれず、セミナー行ったり、活動費で金銭的に無理が続いていました。

 

ここら辺で銀行の残高がー(マイナス)に…金銭的にかなり苦しく…

関連記事 【経験者が語る】ネットワークをやってよかったこと、辛かったこと。

 

父親の入院を期にネットワークビジネスをやめ、フリーランスという働き方一本に。

そんな自分に決断するきっかけが

この時期に父親が入院して、成果が出ていなかったネットワークビジネスをやめた。

 

でもやっぱり、フリーランスになりたくてYouTubeでイケハヤさんをきっかけにブログの存在を知る。

イケハヤさんつながりで借金インフルエンサーしゅうへいさんを知り、「学べるシェアハウス わんく」を知る。

 

「わんく」に工場在職中に直感で応募、その後仕事やめることを決意。

入れる人数が少ないのを、あとで気がつくw

「やべぇ!落ちるかも!」と思いあせって他を探す

「1ヶ月の田舎体験型WEB合宿 田舎フリーランス養成講座」(いなフリ)を知り、また勢いで即応募

 

 

関連記事 いなフリを受けて後悔したこと、よかったことまとめ。

 

何にも考えてない。計画性なさすぎね。

それは確かにw

でも、そこで見えてきたものがありました。

 

人を応援することが好き。

板前をやめる時、ぼくはずっと批判をされていた。

  • なぜ今の安定を手放すのか
  • もっと堅実に生きろ
  • いままでやってきたことがもったいない

こんなことを言われ、一歩を踏み出すのが怖かった。

でも、認めてくれる仲間がいたからぼくは一歩が踏み出せた。

 

このときの仲間に本当に感謝している。

関連記事 板前をやめた自分へ、ありがとう。

 

こうしてぼくは、「人を応援することが好き」ということに気がついた。

関連記事 ストレングスファインダーをやってみてわかったこと

 

ぼくは、自分が辛かった時に肯定してくれたみんなみたいに、一歩踏み出す人の背中を押せる人でありたいし、そんな環境を作りたい。

 

 

現在、実家の寿司屋を使ってシェアハウス運営するため、料理人のスキルを生かし様々な事業やイベントに首をツッコミ中。

その様子をブログ・SNSで発信中。

ここにツイッターとかのリンク貼る

これからどこに向かっているのか?

実家の寿司屋を改装してシェアハウス運営

に至った経緯

 

・父親が見せてくれた、自分の商売を持つことの「自分の休みを決めれる」ということ

・師匠が見せてくれた、「店を持つ」ことの大変さ。

やりたいことへ一歩踏み出す時、背中を押してくれる人のありがたみ。

・ネットワークビジネスで学んだ、「フリーランスという生き方」、「一回限りの人生であること」、「ポジティブなメンタル」

 

シェアハウスを運営する目的としては
  • 同じくフリーランスになりたい人の背中を推せる場所
  • 仕事が辛く、雇われることが嫌になった人の駆け込み寺
  • 自分の長所がわからない方の自己理解を促せる空間
  • 自分で稼ぐ方法を見つけるきっかけ
  • 飲食の出店をしてみたい人の自信をつける所

にしたいと思っています。

 

そのために、実際に取り組む5つのこと

・色々やってる「おもしろい板前」になりSNS・ブログで発信力をつける

・フリーター卒業してフリーランスになる。その経験、知識を積む。

・フリーランスになったら、さまざまなシェアハウス運営、フリースペースに訪れ、学ぶ

・シェアハウスだけでなく、様々な人脈を作る

・事業家の近くにいて、考え方を吸収する

関連記事 具体的な計画はこちら

 

今スタート地点に立って思うこと

自分でも不思議なんですが、板前の駆け出しの頃や自己啓発セミナーなどで感じてた

燃えたぎるようなやる気や、情熱ではなく、今は自分のやるべきことに向かって冷静にことを進めています。

ただ、いろんな失敗をしてきたし、コーチングやネットワークビジネスも含めてたくさんの人に会ってきて自分の性格もやっとわかってきた。

自分は、起こることには意味があると思っています。

なのでこれからも起こる出来事を楽しんで、やっていきます。

 

今、ぼくがこうして始めた活動はこれからどんどん進んでいきます。

もしよければ、ぜひSNSのフォローをお願いいたします!

ツイッターアカウント→ https://twitter.com/CocoroniEmio

 

また、現在すでにフリーの活動、そしてフリーランスを目指す方の力になりたいと思う自分だからこそできるコーチングのサービスもはじめました!

 

今、以前のぼくのように一歩目を踏み出せない想いを抱えている方は、気軽に相談してくださいね!

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